ジョンジョンのインタビュー、ニュースにアップしましたので、会員の方、お楽しみください。
早くもフィジー始まりまして、ラウンド1が終わりました。
行く予定だったのだけど、メインのタバルア島に宿泊できないようなので、キャンセル。しかもフィジーへのダイレクト便がない今、チケット超高いし。
ユニットのジョリさんは行ってるので、逐一写真や話題は届くはずなので、お楽しみに。
しかし、どうもライブが上手く動いていないようで、そりゃそうだよね。島から4マイルも離れた海の真ん中でやるんだから。予定ではいつもの感じのライブのはずだったんだけど、結局日々のハイライトパッケージだけの配信になるようだよ。
ジョリさんはかれこれもう3週間もフィジーに居るんだそうで、先週、5月30日、過去最高のクラウドブレイクを当てたそうだ。写真を見る限りでは、サイズはそうでもないけど、波質が極上。ケリー、ファニング、ジョンジョン、エイドリアン・バッカンがその波を満喫したらしい。
その様子は次号(9月10日配布)まで、待つよろし。
じゅん子さん。
なんか、コロコロだった生き物がするりと長くなってきた感じ。ウナギイヌ期(私命名)に突入。こうして、コロコロ太って、その後ヒョロっと長さの伸びるウナギイヌ期とコロコロ期を繰り返して、子猫はあっという間にでかくなっていくのだったよ。
もう少しで第1回ワクチン接種だな。来たときの倍になったね。
今はとにかく、寝てるか、食ってるか、走ってるかって感じなんだけど、まだ2階の存在に気づいていないじゅん子。階段の2段目に座ってたりするんだけど、その上という空間感覚はないようだね。
もうおとなしくケージの中には入っていないし、トイレも覚えているので、ケージは開けっ放し。夜はトラ子、トリガタ、ユウマすべて2階のベッドの上で寝るのだけど、じゅん子さんだけ下のリビング。さてさて、いつ2階デビューなのか?
ジョン・ジョン・フローレンスは彼自身のスタイルが持つ大きな可能性にとりつかれている。将来そのスタイルが、世界を席巻するかもしれない。彼のスタイルは教えられたものじゃない。信じられるかいー 彼は全てそれをノースショアで学んだんだ。ビーチブレイクのエフカイから、リーフの代表とも言えるパイプがそれを可能にした。スケートボードも、技術的な部分で大きな助けになっている。「彼はスケートボードの要素をサーフィンに取り込むのが得意なんだ。凄すぎて、何やってるんだかよくわからないよ」とWTルーキーのコロへ・アンディーノは言う。「びっくりするようなポジションでも上手いし、リラックスしてるんだよ」。ジョン・ジョンは、小さいながらも難易度の高いバックサイドとフロントのバレル、さらにはイベントで一番でかいエアー(バックサイド・フルローテーション)を立て続けに決めて、ビラボンプロ・リオを制したばかりだ。昨年のトリプルクラウンのタイトル(トリプルクラウンは、この先何回も取るだろうけど)に、このWT初勝利が加わって、ハワイのベストサーファーに向けて着実に歩を進めている。インタビューの電話をした時、ジョン・ジョンはカリフォルニアに居た。この後は一週間程地元に戻り、次のコンテストの開催地であるタバルア(なんと彼、フィジーは初めて)に向かうらしい。ブラジルでのヒートの話から、バックサイドのエアーが好きとか、帰りに周りの人に捕まっちゃった、というようなエピソードにまで話が及んだ。最後の数ヒート、どんな感じだったか説明してくれないー 実はあんまり憶えてなかったりする?いや、そんなことないよ。わりと全てのヒートを意識的に憶えるようにしてるから。一歩、一歩、少しずつ進んだって感じ。自分では最終日のヒートをうまくコントロールできたとは思ってない。だってWTでは毎回のヒートが、人生で一番プレッシャーのかかるヒートだからね。僕はどうにかその意識から抜け出せるように、それがヒートだと考えないようにしたんだけど、それが上手くいった。フリーサーフの感覚に近づけたと思う。もちろん、同時に戦略があってのことなんだけど。最終日、どのヒートも最初の10分間で勝負を決めてたよね。ラスト3ヒートはどれも同じような展開だった。今回はいつものプランとは違うアプローチで臨んだんだよ。いつもは30分間で良い波に2本乗るだけ。今回は序盤でガンガン乗っちゃって、バックアップを出来るだけ早く揃えるようにした。2本目が小さい波でも、その前の良いライドの勢いを乗っけちゃう感じでね。だけど、序盤での畳みかけを狙ってたとしても、次の波が15分間来ないこともあるんだ。状況はいつも変わるから。あのラスト3ヒートは序盤で勝負を決めれたけど、その前の3人ヒートでは、ラスト4秒でひっくり返した。状況次第ってこと。ファイナル開始直後のフルローテーション・エアーについて教えてくれないー 地元(ハワイ)では、いつもいい具合に西から風が吹いてるから、エアーはいくらでも試せるんだ。あのコンテストの波は、家の前のビーチブレイク、エフカイの波に似てる。だから、エアーに持っていける小ぶりのセクションがあることは知ってたし、それをずっと狙ってた。ああいうエアーだったら、かなりやりやすいんだよ。最初から最後まで視界を確保しながら、着地点もしっかり見える。頭をぐるりと一回転させるようにすれば、体もそれについてくるんだ。バックサイド・エアーやアリウープと同じ動きだね。ぐるっと回って、着地点が見えてくるような動き。でも、あのファイナルではフロントのエアーよりもバックサイドのエアーを狙ってたんだ。バックサイドの方がやりやすいし、フロントで視界がはっきりしないまま飛ぶよりも、着地点がよく見えるんだよ。スタイル的にも、バックサイドのエアーの方が好きだね。じゃあ、レフトの波の方が好きってこと?いや、ライトもレフトも両方好き。好みが周期的に変わるんだよ。一週間はレフトばかり行きたくなって、でも次の週になるとライトに行きたくなっちゃう。その繰り返し。普通ルーキーはツアーに慣れるのに時間がかかるものだけど、君とガブリエル・メディナはそういう精神構造じゃないみたいだね。僕、ガブリエル、ミギュエル・プポとかコロへは、ずっとデーンやジョーディ、そしてケリーを見てきてるからね。彼らから学ぶことは多い。最近はみんな、かなり若い頃からQSを回り始めるんだけど、ジョーディとかデーン、ケリーを見ながら、学んだ事をQSで試すんだよ。WTに辿りつく頃には、かなりわかってくる。でも昨年、実際にWTに入ってみたら、こりゃ、一から勉強し直さなきゃ、って思った。だって、まるでQSと違うんだもん。全てのヒートが、世界のベストサーファーとのヒートだからね。驚くことばかりだよ。コンテストに勝ったあの日、表彰台からベッドまでの流れを詳しく教えてくれない?ホテルの部屋に戻ったら、携帯がメールで一杯だった。家族や友達からのお祝いメールでね。その後、とりあえず母親と兄弟に電話した。でも、もう全てに圧倒されちゃって、本当に疲れ切ってたから、一眠りして、何時間か部屋でダラダラしてたんだ。部屋の下にはプールがあってさ、部屋から出た後は、そこのプールサイドでインタビューをずっとこなしてた。地元のメディアもたくさんいたよ。で、その後は……ここからがおかしかった。僕はみんながすぐにブラジルから離れると思ってたから、僕もそのつもりでいたんだ。でも、インタビューが終わって、またプールに下りてみたら、イェイデン(ニコル)とか、カージー(ジョシュ・カー)やオッキー、みんながビールを持って待ち構えてた。彼らは、えっ、まさか帰るんじゃないよねー って感じで、その瞬間僕は、しまった……って(笑)。 それからは計画変更、ほんとに楽しかったよ。僕らは一緒にシュラスカリアっていうレストランに行ったんだ。大体20人くらいかな。ホブグッズ兄弟、フレディP(フレッド・パタッチア)、シンポ(ブレット・シンプソン)、ガダスカス兄弟なんかも加わって、店の机をつなげてUの字にして、みんな向かい合わせで飲んだんだ。レストランの後は、バーに行ってどんちゃん騒ぎ。本当に楽しかったよ。最高の夜だったね。写真/ASP・DUMBER and KIRSTIN翻訳/MIJI"
毎年人気ランキング1位になるWater Pocketシリーズの最新作が発売。メインにゴールドコーストで開催されたWT第1戦クイックシルバー・プロを無駄無く完璧にフューチャー。今年初めて開催されたビッグイベントAustralia Openも収録。"
19歳のグーフィーフッター、オーストラリア人のライアン・コリナンは、過激なエアリアルを得意とし、将来のワールドツアラーとしてこれからを期待されているサーファーだ。ライアンは、ブルース、CJ、ダミアン、ブレット・シンプソン、エヴァン・ガイゼルマン、ジョエル・パーキンソンと同じダカイン・チームの一員となった。ライアンは小さい頃から知られてはいたが、2011年の「ブロウ・アップ」に出演したことがきっかけで、世界的に注目が集まるようになった。2011年の右足骨折、2012年のビラボン・ワールド・プロジュニアでの左足首靭帯剥離という度重なるケガで一線を退いていたものの、現在は回復し、まもなくスタートする6週間のインドネシアトリップと、続くメキシコ、日本、ヨーロッパのWQSに向けて準備を進めている。「この6ヶ月はケガのせいでかなりタフだったけど、今は順調に治ってきてるし、新しいスポンサーもついて、いい感じだよ。ダカインは素晴らしいチームだし、そこに加われるなんて光栄だね」と、ライアン。これから、ライアンはダカインのデッキパッド、リーシュ、その他のアクセサリーを使うことになる。ダカイン・オーストラリアのチーム・マネージャーである、サーシャ・ストッカーもライアンを歓迎し、以下のようにコメントしている。「ここオーストラリアには、素晴らしい才能がゴロゴロしてるんだけど、たまにもの凄いのがいるんだよね。ライアンもそのひとりだよ。彼は自分の才能をよくわかってるし、僕らは、彼がワールドクラスのコンペティターになっていくのを楽しみにしてるんだ。彼のサーフィンに対する姿勢は素晴らしいものがあるし、彼の豊富な技のレパートリーと、革新的なエアリアルは見る価値がある。将来の可能性を感じさせるね。ダカインはライアンを歓迎するよ。彼がダカインに力を貸してくれるのは素晴らしいことだ」。ライアンがテストしているダカイン商品はこちら
ネオクラシックの旗手としてアイコン的存在のカリフォルニア出身のスコッティ・ストプニック。彼がデザインを手がけ、自身がスポンサードされている、Hurleyとのコラボレーションで誕生したラインが、60年代のシングルフィンサーファーにインスパイヤーされ、バイクとカスタムカーをこよなく愛する、スコッティ自身のライフスタイルを具現化したコレクションの「BLACKLIST」。今回この「BLACKLIST」が6月1日より、日本国内のロン・ハーマン各店で限定リリースされることとなった。このリリースを記念し、スコッティと盟友であるカリフォルニアのスタイルロングボーダー、ミッチー・アブチャーが来日、千駄ヶ谷と辻堂のロン・ハーマンにてローンチパーティーを開催する。サーフィン×カスタムモーターサイクル&カーという今最も注目されているスタイルの「BLACKLSIT」のチェク、2大アイコンのスコッティ&ミッチに会いに週末はロン・ハーマンにGOだ!【BLACKLIST Launch EVET@Ron Herman】6/1 FRI 18:00-21:00@Ron Herman SENDAGAYA6/2 SAT 18:00-21:00@Ron herman TUJIDOScotty Stopnik1985年12月生まれ、カリフォルニア・シールビーチ在住。ホームスポットはハンティントンビーチとシールビーチの間にあるバルサ・チカ。コンテストとは無縁のフリーサーファー。サーフ以外にも、70sミュージック、チョッパー、スケートカルチャーに精通Hurley若者の代弁者として、また彼らに多くの活躍の場を提供したいという信念のもと、“Microphone For Youth”というコンセプトを掲げ、1999年にアメリカ西海岸Costa Mesaで誕生。サーフ、スケートをはじめとするアクションスポーツや、ミュージック、アートシーンをグローバルにサポートするライフスタイルブランド。毎シーズンさまざまなカルチャーからフィードバックをうけたアパレルデザインを提案。Ron Herman1976年、カリフォルニア・メルローズに誕生したスペシャリティストア。「Style of Life California」をコンセプトに、ファッションを通じてカリフォルニアのライフスタイルを提案している。2009年8月、東京・千駄ヶ谷に日本初上陸し、現在は日本国内に5店舗を構える。*商品に関するお問い合わせロンハーマン TEL:03-3402-6839*イベントに関する問合せロン・ハーマン千駄ヶ谷 TEL:03-3402-6839ロン・ハーマン辻堂 TEL:0466-38-1839
じゅん子さんがうちに来たのが土曜日なので、明日でちょうど1週間なのだけど、もうその成長振りにはあきれるばかり。
食べたものがすべて体重になってしまう、という感じなのは、飼い主と同じなんだけど、それにしてもこの時期の子猫の成長振りにはいつも驚く。
土曜日に計ったときには420グラムだったんだけど、6日後の本日、すでに585グラム。なんか、毎日見ているのに、それでも見た目が一回り大きくなった感じがする。
きた当初はよろよろ歩いていてはなはだ頼りなかったけど、今はピョンピョン走り回っている。
最初の頃は食べたものがそのまま出てくる感じのうんちで、歯磨き粉みたいににょろにょろ。肛門の括約筋がまだ弱くて切れない感じで、 シッポがはえちゃったか? と思うぐらい長いヤツをぶら下げて歩いていて、じゅん子改めウンコ、と呼ばれていた。
ウンコタレが~~~~
しかし今ではちゃんと消化器系も発育したようで、うんちの色も大人と同じ。小さいのにくっさいったらない。自分でキュッと切れるようにもなったので、ウンコちゃんはじゅん子ちゃんに戻ったけど、臭いのでやっぱウンコちゃん?
行動範囲も日々広がっていて、今はリビング全域、キャットタワーも3段目までよじ登りオッケー。今は玄関にテリトリーを伸ばしつつある。
先住猫たちの対応的には、トラ子さんはフルシカト。悪魔たちは触るのは平気だけど、ちょっとまだビビリぎみ。意外と内弁慶だったな、トリガタとユウマ。
これから2ヶ月ぐらい、じゅん子さんは完全に食う寝る遊ぶの24時間で、日々大きくなっていく時期。
現在のサーフボードデザインの原点ともいわれている、フィッシュボードの歴史の遍歴を辿り、1950年代のDUAL FINを復活させ、過去から伝承されているハイドロダイナミクス(流体力学)と現代テクノロジーの融合を計るプロジェクト”HYDRODYNAMICAの重要人物である、レジェンドサーファーのリチャード・ケンビン。彼が2004年から進めてきたプロジェクトを収めたムービーが5月30日(水)にパタゴニア サーフ千葉にて上映される。もちろん、リチャード・ケンビン氏も来日、さらに映像の中より板を抜粋し解説、そして様々なユニークなボードの持ち込みも予定しているとのこと。サーフボードマニアの方なら是非参加したいイベントだ。「HYDRODYNAMICA movie&review」開催日時:5月30日(水)18時45分会場場所:パタゴニア サーフ千葉/アウトレット 千葉県長生郡一宮町東浪見7404入場:入場料無料、定員60名、要予約問合せ:パタゴニア サーフ千葉 0475-40-6030HYDRODYNAMICAプロジェクトとはサーフボードはもちろん、スノーやスケートなど、あらゆるボードデザインの原点と言われるFISH。2004年リチャード・ケンビンはそのFISHでのサーフィンに強い興味を持ちFISHの軌跡を辿るうち、スキップ・フライ?スティーブ・リズ?ミランドンブラザーズ?ボブシモンズに辿り着く。ダグラス社の航空機設計のエンジニアでもあったボブが作ったDUAL FINには飛行機の流体力学の理論が応用されている。リチャードは1950年代のボブのDUAL FINを復活させ、当時、皆が思いウッドの時代に現代のフィッシュと同じパフォーマンスが作られていたことを数々のテストで証明している。過去から伝承されているハイドロダイナミクスと現代のテクノロジーの融合がいかに優れているかをこのボブ・シモンズ復刻プロジェクトは実証している。これからは今でも、さまざまなライダーによってフィルムに収められている、リチャード本人をはじめ、デビッド・ラスタビッチ、ダニエル・トムソン、アンドリュー・キッドマン、ダン・マロイ、ジョー・カレン、ジョエル・チューダーそしてシモンズが愛したSIMMONS REEFのローカルキッズなどだ。この壮大なサーフィンの歴史と伝承を紐解くプロジェクトは、サーフィン界の大御所達の興味の的であり、名前を書ききれないほど多くのレジェンドがこのフィルムに参加しており、このプロジェクトはサンディエゴにとどまらず、カリフォルニア、オーストラリア、ハワイ、オセアニアなど世界各地に普及している。
etniesは1986年 に当時フリースタイルスケートボードのチャンピオンであったフランス人・ピエール・アンドレが始めた、世界で初めての『スケーターによるスケートシューズカンパニー』である。また、今では当たり前になったシグネチャーシューズというカテゴリーをスケートボード界で確立したパイオニア的存在。スケー トボード界初のシグネチャーシューズとして伝説の「NATAS」が登場した1987年。以降、etniesは多くのスケーターからの厚い信頼はもちろん、 Surf, Snow, BMX,FMXシーンなどにも浸透し支持を得ている。そんなetniesからカリスマサーファー・ジェイミーオブライアンとマロイ兄弟考案の2モデルがこの夏発売になる。アイテム名:FOAM BALL 価格:3,780- 税込みカラー:BLACK、BLUE、CAMO 3色展開カリスマサーファー・ジェイミーオブライアン考案のモデル。凹凸のある特徴的なソールにより、ビーチサンダルとは思えない快適な履き心地が実現。毎年多くのサーファーからリピートされています。アイテム名:PLAYA価格:4,410- 税込みカラー:BROWN/TAN、BROWN/ORANGE 2色展開伝説的なソウルサーファー・マロイ兄弟考案のモデル。海はもちろん街でもオシャレに履ける様に考案された1足問い合わせ先:PIC TEL 03-5728-7127
ずるいよね、かわいいって。
うちに来たとき420グラム。毎日増えてて3日後の今、480グラム
写真は新人、じゅん子である。
ゆみが死んでしばらくして、近所のKさんの家の奥さんが、海岸で拾ったという生後まもない、おそらく1週間か10日ぐらいのまだ歯も生えていない、耳が真横についているぐらいの、小さな小さな子猫を抱えてきた。
これも縁かと思ってうちで飼う事にしたのだが、もらった時点ですでに体温が低下しているような状態で、あと一日早ければ何とかなったかも知れないのだが、もうすでにミルクを飲み込むこともままならない感じだった。
あの大きさだとまだまだ自力でオシッコもウンチも出来ないし、体温調節も上手く出来ない。そんな状態で1日置かれれば、この季節でも命取りだ。
ま、元気な状態で拾われても、子猫の生後10日ぐらいというのは、育つ育たないはその子生き運というぐらい、難しい。
とにかく暖めて、おしっこもウンチもさせたんだけど、その小さな小さな子猫はその日の晩に死んだ。大きくなったらかなりかわいくなりそうな、ちょっと毛の長いキジ猫だった。
キジ猫、キジトラ、サバトラ、黒トラ、人によっていろいろ呼び方があるけど、要は、うちの黒い悪魔たち、トリガタとユウマの柄である。なんでうちにはキジばっかり集まるかね、と思っていた。
で、F+サイトのリニューアルに伴い、どうも私だけカフェが挙動不審で、上手く動かないので、S保安員と「RE:サイトの件」連発のスパムメール状態のメールボックスのなかに、ポロッと「迷いニャンコ」というメールが入っていた。しかも添付画像つき。
差出人はS保安員。
あけてみると、GFの勤め先の工場の通気ダクトの中で見つかった猫がいるので……との内容。
おいおい、まさかこれもキジ猫じゃないだろうね。キジだったら運命なので、うちで飼う事にするか、と何気なく添付ファイルをあけると、ド~ン、キジ猫。ふぅ~~~~。
白、黒、灰色、ぶち、牛、三毛、茶トラ、ガチャガチャ……猫の柄にはたくさんあって、キジ猫という確率は相当低いはずなのに……
というわけで、京浜工業地帯からうちにやってきたじゅん子。
生後1か月ちょっとの超美人さん。シッポは超短いカギ。ま、ここまで大きくなっていれば一安心。名前はS保安員からいただきました。漢字もあるけど、個人情報保護のため、内緒。
トラ子は戦々恐々だけど、トリガタ、ユウマの時よりは慣れが早い。まだ小さいからね。トリガタ、ユウマは好奇心MAXで、慣れるのは時間の問題。ユウマのほうが早いと思う。最初は遠巻きに眺めていたのに、すでに手を出し始めているから。
当のじゅん子は、猫には威嚇、人間にはゴロゴロの、野良猫とは思えない自己主張ぶり。