
世界中の波を追いかけて暮らすという「しょうもない(笑)」ほうは、どちらかというとサーフィンの中でもカルチャー路線なわけだけど、ソウルサーファーという言葉が死語になりつつある今、そちらのほうは昔のほうが盛り上がっていたといえるのかな。ただ、コンペではないカルチャー路線を再度盛り上げるというのは、今の世の中難しすぎると思う。これだけみんなの好きなことが薄く細かく細分化されてしまうと、ブームを作るのは非常に難しいし、できたところでその命はとても短い。新しいブームがいくらでも出てきて、どんどん上書きされていくのが常だ。まだ見ぬ波を求めるならAIがいくらでも見せてくれる。
まぁ、これは日本の話で、サーフィンが国技ともいえるオーストラリアや、カレンにケリー、ジョンジョンなどのスーパーヒーローを持つアメリカは、また事情が違うのかなとは思うけど。
オリンピック競技になったところで、バスケットやサッカーや野球のような話には程遠い。ASPからWSLに代わってアメリカ主導になる段階でWSLの進む方向として商業スポーツを目指す、という進路変更が行われ、コンペシーンに様々な変化をもたらしたのはコロナ前後の頃だ。
そういう変革のベースは90年代のASP時代にあって、イギリスの人だったと記憶しているがグレヴィル・ミッチェルさんという人が私財を投げうってツアーを支えた期間があって、ミッチェルサーフィンファウンデーション(MSF)という団体が大きくツアーにかかわった期間がある。そのミッチェルさんが今の選手の価値観のようなものを選手たちに植え付けた。曰く、君たちにはもっともっと価値がある、こんな安い賞金でやるスポーツではない、アスリートとしての自覚を持て、みたいな話で、この辺からコンペティターがアスリートに変わっていく。当時マイナースポーツですらなかった、ファミリーサーカス団的だったサーフツアーに一石を投じたのがミッチェルさんだ。ツアーにドクターやトレーナーが同行するようになったのもこのころと記憶している。選手たちはミッチェルさんのアスリート論に洗脳された感があったけど、当時オーストラリア主導だったサーフィン界にいた人たちは、あのおじさんは何を言ってるんだ、どこからそんな金が出てくる、と関係者もメディアも否定的だったように思う。





